「天皇ってなにやってる人なの? 何もやってなきゃいなくてもいいじゃん。」
と、僕が小学生のころ、おばあちゃんに聞いたことがあります。
すると、おばあちゃんは目を皿のようにして、難しいことを言ってきました。
内容は覚えていませんが、日ごろ温厚なおばちゃんが声を荒らげたことに驚き、僕は黙ってやりすごしたおぼえがあります。
そして大人になって天皇制の存在等、戦争や国際情勢の中から考えるようになってきましたが、それは政治の中から見た天皇であり「昭和天皇の御心」など考えてもなかったんですよね。だから子供心に思ったことが、大人になっても見え隠れしていました。
しかし「昭和天皇って素晴らしい人」を読んで、子供心に思った疑問が一気に晴れました。
そうなんです。まさしくその通りです。
「空気のように」澄みきっているので見えていなかったのです。
今のご時勢、自分の主張ばかりして暴力に走ったり、ルールを無視してでも満たされればいいという、よどんだ空気に包まれています。
また、とにかく自己主張をして自分達の色に染めようと躍起になってる世の中は、まるで「先に空気に色をつけたもの勝ち」というような陣取り合戦のようで、息がつまりそうです。
そのような喧騒の中で「昭和天皇」を感じた時、澄みきった空気の中で深呼吸をしたような、おだやかな気持ちになりますし、無の空間から生まれる「禅」に触れたような気分にもなります。
いずれにせよ、天皇ご自身の存在が大きいゆえに、自身を「空気のように」するなど、並大抵の苦労じゃなかったと思います。
それだけに天皇の御心を思うと今の日本に憂いを感じてしまいますね。
ひさしぶりの一句
「静寂は無音の中にあらずとも、木々のざわめき蝉の声」
静けさは何も音のない場所にだけあるのはない。雑踏の中でも見つけることが可能です。
もしくは、
音のない場所に静けさを感じることはあまりないでしょう。雑踏の中にいて静けさを思うでしょう。
2006年07月30日
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そんな中で天皇だけは、乗り換え不可能な唯一の存在ですね。
>天皇だけは、乗り換え不可能な唯一の存在ですね。
確かにそうですね。
政治でも会社でも組織に入れば、歯車のひとつとなり、欠ける前に常にスペアが用意され、ソフトの世界ではコピーが簡単ですし、唯一の不便性をなくすように僕らの世界は動いてますね。
そうしてスペアやコピーの利便性が高まれば高まるほど、「唯一」といったものが貴重な存在として僕達の心に響いてきます。
そういえば、あと1週間もすれば広島に原爆が投下された日(1945年8月6日)ですね。
そして2週間もすれば終戦記念日(1945年8月15日)なのか。。
日本だけが体験した戦争による被爆を「唯一の経験」とするよう、厳粛に受け止めなければいけませんね。